お盆なので、幽霊と自己浄化について書きました。
日本はお盆正月そしてお彼岸などご先祖が家に戻って来るという事を良く言いますが、地域で盆踊りなどしたり、灯篭やかがり火をたいてご先祖をおむかえしたりする事でしょう。
私は愛知県の渥美半島と言う所が地元で、お盆は、ジンという松の根っこから出来た迎え火をお墓にともす事から始まります。そして、お盆中は、仏壇には綺麗な飾りや、灯篭、ご先祖が乗ってくる乗り物に見立てた茄子のお馬さんやご供物を用意します。さらに、毎日、朝昼晩のお食事をご先祖とお馬さんにお供えするのです。
けっこうメンドクサイ作業なのです。そしてお盆の最終日は、送り火をたいて、お供えしたものをお焚きあげをします。私が小さい時はまだ盆踊りがありましたが、今は隣の町はあるけど、私の所はすたれて無くなっています。
ご先祖供養に、メンドクサイというとバチが当たりそうな言葉ですけど、このような作業が、ただの儀式ですとやるだけ無駄となります。
せっかくやるのでしたら、まごころのこもったものに、今年からしましょう。
そもそも、ご先祖の浄化とは何ぞや?
霊を敬うとか浄化するとかはどういう事かな?
亡くなってしまうと、お化けとか霊とか言って、怖がったりするのも失礼なもので、私達も霊的な部分と肉体の部分が繋がって一つになっているだけです。
肉体は霊的自分の乗り物なのです。
これはおへそのあたりでつながっていると言う事です。
だから、私自身もお化けの部分があります。ただ肉体を持っているだけなので、お化けの部分が無いと面込んでいるだけなので、見えないだけの事なのです。
よくオーラ地う言い方をしますが、見える人にはオーラが見えるあれが、お化けの正体ともいえます。人間は自分のフォーカスした事しか見えないので、オーラの部分は見てないだけなのです。本当は見る能力は眠っているだけなのです。
さてどうやって浄化するかですが、自分の心の浄化をする事がご先祖の浄化になります。私は父母の娘ですが、娘なのに、両親を恨むような出来事が起きてずいぶん恨みを体験しました。
でもそう言った人は私を覚醒に導く導き手として敵役をやってくれたのだと理解して私は、全てを許しました。
亡くなった父は、亡くなるとすぐ、
「お前だけだ俺の気持ちを分かってくれるのは。」
何年もたってから、
「ゴメンな。」
と言ってきました。
そして、私が、完全に許し、父の霊格が上がったので
「お前のお蔭だ。」
とも言っていました。
霊が化けてでる理由は、地球でやり残した事がある時です。
霊とは神様と同じ要素で出来ていて、本来光り輝いているのですが、地球で愛や情を学ぶ為に、神様から離れあえて波動を下げてこの地球に来ているのです。
地球でやり残した事
それは、愛の度数(霊性、目覚め、本当の自分になる)を高めて自を神様と同じようになるまで、高めて行く事です。これが出来なくて、死んでもなお意識が地球に残り、いろんな物に囚われているから、幽霊としてここに残ってしまうのです。
幽霊は亡くなった方の意識(気持ち)の残像のような物として思っても良いでしょう。
だから、その方の意識を愛で包んであげればいいだけの事なのです。
私が、ワークショップやセミナーをやっている時も皆さんの心持を受け取ってその想いの浄化をしているのです。人間もお化けも肉体持っているかいないかで同じ事です。
怖くはありません。
とはいっても私は、感じる事が出来ますが、実際みた事はないので、リアルな肉眼でみたら、ビックリしてしまうかも知れません。(笑)
幽霊も人間も意識が綺麗になっていくと、心が軽くなりますね。
心が軽いは、オーラが綺麗に輝き出している証拠です。
そして、ご先祖は自分と繋がっているので、自分が浄化して解放されれば、ご先祖も同じく浄化して行きます。
当然亡くなった方への恨みを持ち続けている事は、自分を苦しめお化けを引き寄せる事になります。
簡単に言ってしまいましたが、私は、両親に性的にも金銭的にも、言葉も奴隷としての扱いも受けています。
ですが、いつまでその事に集中していると、周りの事が見えなくなります。
感謝すべき人に感謝も出来なくなり、喜びもない人生のパターンへとはまって行きます。神社やお寺に行く機会もあると思いますが、神社めぐり、お寺巡りをした時には、
必ず自分の心の旅路をして見てください。
そして感情的な部分は、捨ててもっと広い世界に視野を広げてください。
囚われが無くなった所には、あなたが幸だと感じる場所がきっと見つかるはずです。
悩みで亡くなったかたとの葛藤があるのなら、一緒に解放していきませんか?
セミナー・ワークショップのご案内
8月26日(日)
愛知県刈谷市 産業振興センター
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090-5872-2230 川口 ふみ代